ビジネスにおいて他者目線は重要だ。必要のないものは人は買わない。顧客の気づいていないニーズを引き出すこともまた必要だけれど、それも顧客に目を向けていないとできないことだ。
しかし、「芸術表現を売る」というのはどういうことなんだろう?表現者は、基本的に自身の内的欲求から表現する。顧客目線だけでは生み出せないものがある。社会のニーズに合わせようなどと考えると、自分のありようを失う。
観客への問題提起、と理解するのも、正しいようで少し無理がありそうだ。もちろん伝えたい動機がなければ、表現する動機も成り立たないのだが。
魅力ある表現者は、相当にエゴイスティックだったりもする。観る者を意識していないようにも見える。それに徹し切れない中途半端が良くないということか?
ある表現者の作品を良いと思うか悪いと思うかは、根本的に表現者にコントロールできることではない。それには確たる理由がない。技術の水準を上げるのは、無論観客への礼儀ではあるが、上手いから売れる、という単純なものではない。よく耳にする、誰にも真似できない個性?それは確かなものか?それを誰が規定するのだろうか?魅力、とは何か?
私は長く、顧客のニーズに向けて仕事をしてきた。基本姿勢のシフトチェンジは容易ではない。私が歌を仕事と呼ぶべきか呼ばざるべきか、そこのところの覚悟は、そうした疑問にどう向き合うかにかかっているように思う。
私にとって歌をやるということは、不完全なものも不完全なまま、実験的に今のありようを正直に出すより他ない。資格やキャリアなどの下支えはないし、たとえあったとしても意味を持たない。能書きなんか関係なく、自分の生身の声しか、見せられるものはない。
またもやとんでもないことを始めてしまった。でも…もともと心理職で食べていける人もほんの一握りで、私は辛くもその中にいたのだ。この仕事だって、資格や訓練だけではどうにもならない、自分の人間性そのものを売る商売に違いない。歌とどちらが難しいかなんて、誰にも言えないだろう。
もう一度、歩んできた修練の道を、もう一本の道で歩き直すだけだ。
美沙落合
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